STORY02.NAKANIWA と 伊万里


器に馳せるおもい。



日本は世界のなかでも類い希なる器大国で、決して広くない国土の中に多数の産地があります。器が好きな方も多いのではないでしょうか。カラフルだったり、柄がついていたり、さまざまな愛用の磁器があると思いますが、それらがもともと日本に来たときはどんな形をしていたのか。原点となるのが佐賀県の伊万里焼です。
それまで輸入されていた磁器を、自分たちの国でも作ってみようという試みは、現代の目線で見ても超巨大プロジェクト。その雄大さを一部の骨董好きの方たちだけでなく、多くの方に知ってもらいたい。
いまは百円でも器が買える時代ですが、何百年前の先人たちが額に汗して作った器の現代版を持っている、それは幅広い目線で見たときに“形見”を預るのと同じです。手にすると私たちの奥深く、DNAレベルで安堵感を覚えるような品である。そんな気がしてなりません。


文祥窯の魅力



流行や消費者ニーズに合わせて生まれてくる品が多い現代は、普遍的なものが少なくなっています。そんななか時代に消費されない魅力を持つのが『文祥窯』の作る器。日本語の『買う』という言葉の音は『飼う』、つまり育てていくという意味を内包している、と言われています。つまり愛着を持って育てられる物かどうかが重要で、『文祥窯』の器は使ううちに味わいを増し、使い手に寄り添いながら育っていく。
戦後に到来した物質主義の影響で、物もネットの情報も私たちのまわりに氾濫していますが、追いかけ続けると際限がありません。新しい物を追うのとは違う価値観、どう自分の置き所を見つけるか、のような視点で使える器です。


文祥窯三代目 / 馬場光二郎



馬場光二郎さんは、文祥窯の三代目。日本の古磁器の歴史が始まった400年前の人たちが、どのような思いで作陶していたのか、そこをひたすらに追い求めている姿勢に感銘を受けました。作家と職人という言葉を意図的に分ける気はありませんが、彼の向き合う職人的世界観では、技術を体得するだけでも途方のない時間を要します。何かを“表現”するためではなく、何かを”宿らせる”ためだけに土と向き合う。一見、シャイで笑顔の魅力的な好青年ですが、話していると普通の人間が目を逸らすようなものと日々対峙し続けている、凄みを感じる瞬間があります。




彼は時おり口癖のように『俺はなんでこんなことやっているんですかね』と笑いますが、僕はそれを“魅入られた”と解釈しています。好きだからやる、という次の次元。器から求められた人間が馬場さんなのではないでしょうか。



 



 
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